CONCEPT

―最新のヒト免疫学研究を推進する―

免疫系は生体を病原体から防御するために必須な機構です。しかし免疫系は厳格な制御を必要とし、この正常な免疫応答機構が破綻することにより、多くの疾患をもたらします。また、慢性感染症、がんなどの疾患は免疫機構を乗っ取って変異させ、疾患の慢性化を促進します。本研究室は、ヒト免疫学を専門的に行っています。ヒト健常人における免疫応答の制御機構の同定、さらに疾患患者における免疫反応の異常、破綻の機構を明らかにすることにより、疾患の病態の解明、及び新たな治療戦略の開発を目的に研究を行っています。

マウスモデルを用いた研究は免疫学の発展に大きく貢献しました。一方で、マウスでの知見のヒトへの応用での限界や、マウスとヒトでの免疫制御機構の違いが広く認識されるようになりました。マウスとヒトの進化の分岐は約9600万年前に起こり、9600万年の時間をかけて生態系に適する形でそれぞれ進化しました。マウスとヒトは寿命も違いますし、もちろん住環境、食物も大きく異なります。常在菌叢も異なれば、生涯にかかる感染症の種類も回数も異なります。独自の進化を遂げた免疫機構の違いにより、マウスモデルで得た知見とヒトの臨床試験で食い違いが出てくること自体は仕方がないことかもしれません。従って、ヒトでの免疫応答の理解には、ヒト検体を用いたヒト免疫学が絶対的に必要です。

ヒト検体を用いて実験をしていると、検体間での差が概して大きいことに気がつきます。実際に、ヒト免疫はゲノムのみならず、他の因子にも大きく影響されることが分かっています。その証拠の一つとして、一卵性双生児での比較で、血液中の細胞分画、免疫細胞の活性化能、血清中蛋白分画は大きく双子間で異なり、遺伝子情報に依存しない様々な環境由来因子(多くは住環境、食物由来)の違いが免疫応答に大きく影響を及ぼすことが示されています。従って、疾患においてどのようにヒト免疫が関わっているかを理解するためには、ゲノム情報に加えて、各個人、各患者から実際に得られる検体の解析が非常に重要です。

ヒト免疫学は解析機器、手法の進歩と共に、この5-10年間で研究手法が飛躍的に進化しました。シングルセルレベルでの解析が日常化し、従来のヒト血液検体を用いた研究に加えて、炎症組織、がん組織など、少量の組織検体でも詳細な解析が可能となることで、より直接的に病態に関与する免疫応答の解明ができるようになりました。今後、ヒト免疫学研究を支える技術革新はますます加速すると考えられ、免疫学研究の中心がヒト免疫学に移行する時代が近付いてきています。

本研究室では、世界最先端の手法を用いた最新のヒト免疫学を展開します。健常人や患者から得られる様々な検体を用いて、世界的にも解明の進んでいない「正常」なヒト免疫細胞、免疫応答、及びヒト疾患における免疫応答の「変異」、さらにその破綻機構の解明を目的とした研究を行い、様々な疾患の病態理解、バイオマーカーの同定、新規治療法開発を目指します。対象疾患は、令和4年現在、感染症、ワクチン、がん免疫、自己免疫疾患、アレルギーです。ヒト臓器では特に肝臓に注目した研究を行っています。

免疫細胞生物学教授 上野 英樹

上野研究室の基本姿勢

  • 1

    ヒト免疫の理解にはヒトの検体が必須

  • 2

    マウスモデルでの知見は敢えて参考程度にとどめておく

    ヒトでも同じかどうかの検討は必須

  • 3

    ヒトから得られる検体は誠意と敬意を持って扱う

    不要な細胞、不要な部位は捨てて良い、という発想は敬意があればできない

  • 4

    各症例から学ぶ、という感覚をもつ

  • 5

    サイエンスは切れ味鋭く

    最新のテクノロジーを用いてできるだけ多くの情報を得るようにする

  • 6

    多くの情報を得たら終わり、ではなく解析する方法を常にアップデートする

5-laser Cytek Aurora FCMおよび10X Genomics 5’ scRNAseqを用いた新型コロナ感染症回復患者での新型コロナウイルス スパイク蛋白特異的CD4+ T細胞サブセットの多様性の解析、および感冒コロナウイルス スパイク蛋白特異的CD4+ T細胞とのTCRクローン重複の解析データを示す。
Fluidigm Hyperionを用いたヒト慢性炎症肝臓切片の超多色免疫染色解析データの一例を示す。